三ヶ根山のエンジン   第 4 章 展示のエンジン調査 ( その1 殉国七士廟・B-29 )

1)日米合同調査
 2010.3.21 AM:9:00 Brian と私は、事前に集めたB-29エンジンの資料、ノギス、メジャーと懐中電灯を持参して 豊田市の自宅を出発し三ヶ根山を目指しました。 林弥一郎さんから、気筒内径(以下、シリンダー内径という)が148mmで、B-29の155.6mmよりも約7mm小さいという 連絡を頂いてから5年の歳月が経っていました。

ノギスは、この日のために以前に購入し車のトランクに入れておきましたが、確認すると見つかりません、 Brianの緊急手配でなんとか間に合わせました。車中では、日米B-29談義を楽しみながら、三ヶ根スカイラインをぐるぐる巡り、 殉国七士廟にたどり着きました。

@ 謎解きチーム発足

ノギスを片手にときめきの調査開始です。

展示エンジンは、広大な殉国七士廟の一隅にありますが、分かりにくい場所で、

巨大なモニュメントが建ち並ぶ前の広場左手に、各部隊、連隊の 慰霊碑案内板を確認し、その慰霊碑群の右手最奥のあずまやに鎮座する。

B-29エンジンと説明する 案内板を確認し、現地現物の調査を始めました。

持参したB-29エンジンの写真などと比較検討、写真撮影、主要寸法の測定を行なう。

A シリンダー内径の調査

シリンダー内径は、有力な情報です。冷静に、正確な調査が必要です。

エンジン全体をよく観察し、シリンダヘッドが外れていて、シリンダー内径を確認できそうなシリンダーを調べました。 後列(展示姿勢では下側)の4気筒が測定可能です。

参拝位置正面を1気筒とし、左回りに順次番号を付けてみました。 測定可能なシリンダーNo.は、1,3,5,7、です。

A シリンダー内径測定結果

・1シリンダー: 147.2mm(変形?)
・3シリンダー: 150.7, 150.6mm
・5シリンダー: 150.4, 150.4mm
・7シリンダー: 149.9mm

航空用空冷エンジンのシリンダーの上部の肉厚は、極めて薄く(3mm程度)外力で容易に変形も考えられました。

我々は、この結果から、展示エンジンのシリンダー内径の設計寸法は 150mmであると判断しました。

2)米国専門家への照会/Mr Brian Cody
 調査結果を基に、謎解き作戦を話し合います。当時、空冷星型複列18気筒のエンジンは、日米双方で生産しています。 展示エンジンの状態は理解できましたので、手始めに
・日米何れのエンジンか、  ・シリンダー内径150mmのエンジンは何か、 を探ることにしました。

@Mr Brian Codyの紹介
この写真は、彼が英国へ出かけB-29エンジンの残骸を見つけた時の記念写真です。

彼は、現在日本で働いていますが、大戦当時の史跡探訪と航空機に関心を持つ26歳の米国青年です。

米国には、現在もB-29のエンジンをリストアし、B-29に搭載し、1時間程度飛行を試みる集団がいます。 そのB-29をFIFI(フィフィ)と呼び、現在2機が飛行可能です。その状況をB-29 Friend が VTRに納めて送ってきます。

Brian は、三ヶ根山エンジンの情報を彼らにMailし、専門家の判断を伺うことにしました。








APrecision Engins 社 Mr Warren VarnyからのRemail の要点
・貴方の興味ある質問と添付写真を会社の仲間数名で確認し、見解を述べる。
・最も確かなことは、米国製エンジンではない。(Curtiss-Wright社 でも Pratt & Whitny社 製でもない)
・シリンダーのクランクケース結合は、、Curtiss-Wright製はボルト、三ヶ根エンジンはスタットボルト、
・エンジン先端(上部)のプロペラシャフト減速ギアは、Curtiss-Wright製は、鍛造製でワンピース、三ヶ根エンジンはボルト締め、
・日本(中島航空機)は、WWU以前に、Pratt & Whitny社とエンジン製造が認可されていたので、
 中島製の”誉エンジン”かも知れない。

我々は、この情報を基に、三ヶ根山エンジンは日本製と判断し、シリンダー内径150mmの中島製と三菱製の調査を進めた。

この写真は、2006.8.1奈良県の天川村の山中から掘り出したB-29エンジンの残骸です。(天川村提供)

Mr Warren Varny は、この写真の減速ギアが、鍛造製の一体品で、 三ヶ根山のエンジンの減速ギアはボルト結合の構造であると指摘した。

これら2枚の写真は、100% B-29のエンジンです。その共通点を Brianは指摘する。 それは、
・クランクケースは鋳鉄製
・シリンダーの冷却フィンは軽合金製(鋳ぐるみ?)


3)国産エンジンの調査

調査の方向は、国産の空冷星型複列18気筒で、シリンダー内径150mmのエンジンに絞りました。 このような調査は、大先輩に尋ねるのが私の習性です。早速、B-29 Friend で、mhi OB & tmc OB 内本龍男氏へMailです。 彼の、mailアドレスは、なんと ki67jp@・・・ です。(ki67 =キ67・飛龍の型式)

内本氏は、三菱重工のki67(飛龍)開発職場の技術員で、当時、飛龍の試験飛行の計測や、実験をしたという。 また、三菱のライバル中島の”誉”エンジンを見て、先輩が、シリンダー冷却フィンがアルミ製だと驚いたという (当時の三菱は鉄製)。そして、当時のエンジンを調べるなら、

・三菱航空エンジン史、
・みつびしエンジン物語、
・中島飛行機エンジン史、
を読みなさいとアドバイスをいただきました。

図書館を検索すると、
上の二冊は、豊田市中央図書館所蔵、
中島は、名古屋市中央図書館所蔵、

よって、中島を Brian 、三菱を岡田が担当する。

@”中島飛行機エンジン史”の調査
写真は、中島自慢の”誉”社内略号NBA,搭載機も多く、約9.000台の生産実績
(シリンダー内径130mm、行程150mm)

エンジン史は、当時の中島航空エンジンの苦難の開発状況がつづられる。 とりわけ、日中戦争の拡大した、1939.7、米国は日米通商航海条約を破棄し日本への輸出禁止を宣言した。 そのため、頼りにしていた米国からの情報は途絶え、以来技術雑誌さえ入手困難となり、 日本の航空業界はしかたなく、自立時代に転じた。

著書に、当時の中島製空冷2列星型エンジン一覧表がある。その下から2列目に、シリンダー内径150mm、 行程(ピストンストローク)180mmのNAN、ハ107がある。
NANは、1941から試作に入った。陸軍の100式重爆用で、出力は2000hp以上、 生産実績は、1941から1943の試作のみで12台、戦火の激しくなった中で玉成に至らず中止となった。

この他に、シリンダー内径150mmのエンジン生産実績は見当たらない。 よって、三ヶ根山展示エンジンは、中島航空機製エンジンでないと判断した。

@”三菱航空エンジン”の調査
三菱航空エンジン史は、1915〜1945まで、名古屋発動機製作所で生産した航空エンジンの情報が満載です。
P183の三菱発動機リストの中に、空冷星型複列18気筒のエンジンで、シリンダー内径150mm、行程170mmのハ104、A18 を唯一確認する。生産実績は、1940〜1945に2,827台です。

A18系エンジンは、米国の大馬力(2000hp)化への対応策として、三菱で開発が進められた。 写真は、三菱航空エンジン史のA18A(初期型)の側面です。

私は、この写真を見て、三ヶ根山エンジンと同じであると思った。

その理由は、動弁系の構造がそっくりであり、
ロッカーアームカバーが、後から見てハの字配置で、かつ、 フロントカムプレートから全気筒のバルブをプッシュロットで作動させていることから判断できる。

これらの情報から、A18A型の可能性が高いと判断し、そのエンジンに関する資料、断面図、ノギス、パス、 メジャー、マグネット、懐中電灯を持参して、2010.4.18 再び三ヶ根山へ向かった。

・行程(ピストンストローク)の調査

この気筒のピストン位置が正確な下死点(最も下がった位置)かどうかは確認のしようが無いが、

メジャーを当てると170mmと出た。そして、A18Aの断面図で、ピストン上死点位置が、シリンダーの上端であることを 確認する。これで、シリンダー内径と行程が、A18Aと同一と判断できた。



・プロペラシャフト減速ギア
このギアの構造は、断面図そっくりです。念のため外形寸法をメジャーで測定、382mm、外周締結ボルト数28本、

・カムプレート
やや下の、2枚のカムプレートは、18気筒分の、吸気、排気合計36個のバルブを駆動する。

何故2枚で可能か?考えた。前後のエンジンの位相を180°変えれば、同じカムで2倍の働きをするのだ。

・ロッカーアームカバーの配置
三菱エンジン史の写真と説明図と同じと判断できた。
全ての、ロッカーアームカバーは前向きで、フロントからカムで駆動する構造です。 この構造は、A18型の初期型のA18Aに限られる。

・クランクケースの材質
持参のマグネットで確認、非磁性で、アルミ合金と判断、B-29は鋳鉄、

・エンジンの外形
三菱公表値1,370mmと同等、



・バルブスプリングの組付高

48.5mmで、断面図と同等、



・クランクケースとシリンダーの締結
スタットボルトで締結、B-29はボルト、

・シリンダー冷却フィンの材質、
磁性あり、鉄板または鋳鉄と判断、

・シリンダーヘッドの材質
非磁性、アルミ鋳物

・シリンダーヘッド冷却フィンの形状
A18A独自のパターン、



3)三菱A18Aとの比較

・寸法調査まとめ(クリック拡大)
三菱エンジン史のA18A断面図を利用して、計測寸法を記入、シリンダー内径を150mmmとおき、 他の寸法を比例計算し図中に括弧付きで記入、

現地測定値を、この断面図に当てはめると、各寸法共にA18Aと同等と判断。

更に、展示エンジンの構造を断面図と比べても類似と判断。

・材質・構造調査まとめ
クランクケースの材質は、アルミ合金で予想した材質であった。B-29は当初アルミ合金であったが、強度不足と量産性を 考慮して、鋳鉄になった(Brian)そうです。

シリンダー冷却フィンは、磁性があり鉄製と判断した。

この調査結果を、関係者に報告し、問題点が無いか検討を依頼し、全員の了解をえた。


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